何から書きましょうかね…。
「神様ドォルズ」の第7話は事前に噂されていたように、シリーズ折り返しのクライマックス。匡平と阿幾、そして空守村と住人たちの過去に遡り、これまでの6話を通してなぜ今に至ったかを解きほぐす重要な話数だったことは認めよう。
瀬能千波野という女教師を通して彼ら(匡平、阿幾)が変わったこと、そして何も変わらなかった多くの村人たちのことを物悲しく描いている。
しかしこの物語が悲しいのかと問われると、それを肯定する自信はない。過去が悲しいのじゃなくて、今もその悲しさを引きずっている阿幾が悲しいのだろう。この点では回想の主人公は阿幾だった。匡平は阿幾の悲しみの何割かしか、その心に映してはいない。
