文伽という名の少女と末期ガンの元ゲームグラフィッカー毅彦の出会いと別れを描く「シゴフミ」第10話。ゲーム感覚で過ぎる少女の日常と、リセットの効かない毅彦の人生。日常を食い潰す井戸端会議の主婦とステロタイプの枠に無職青年を押し込める権力が、職も友人も親との絆も失った毅彦をさらに追い詰めようとする。
あの時ツキにも見捨てられ、故障した車に文伽を置いて、毅彦は戻るつもりがあったのだろうか?
そして毅彦を追いかけた文伽の肩に伸ばそうとした手は、何を求めたのか?
警察に疑われたように幼女連れ回り犯として、そのままペドフィリアエンドにすることはしなかった。
文伽が持つ携帯ゲームのアラームが毅彦の目覚ましのように、そのゲームキャラが彼の手がけたものであること示して、突っ込むトラックから文伽を救済する自己犠牲エンドで終わらせた。
しかも葬儀の長いエピローグにフミカから文伽へ届けられた彼のイラストのシゴフミ。
毅彦の死もゲームの世界のように実感できない文伽の様子。それを救いがないと言ってはならない。
女児が少女になって行く頃には忘れてしまうことだろう。
むやみに余韻を残すことなく、病室で目覚めたフミちゃんに切り替わって引くのはスッキリしている。
余命のことは置いても「オジサン」と呼ばれる無職32歳青年の物悲しさは伝わる。
18禁と言うことではなく、キャラ萌えスパイス加えた少し切ない、精神的な大人向けの作品かもしれない。

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