時ノ音の精霊音羽の起こした奇跡は琢磨の目が見えるようになったことではなく、彼に目が見える世界を通して彼の閉ざされた心を開くチャンスを与えただけだったのか。度々挿入される踏切シーンでつないだ手を離し去っていった琢磨の母とはやみをダブらせ、最後に彼の閉ざされた心と目を開くのははやみなのだろう。それにしても夢オチとギリギリで疑われかねない、難儀な構成の「H2O ~FOOTPRINTS IN THE SAND~」は、最終回前の第11話。
精霊の奇跡で目が見えるようになったシリーズ早々の展開は、やけに安っぽい構成だと思ったが、それも計算のうちだったようだ。クラスメイトの反応も変なところがあったし、琢磨のキャラも目が開いてない表情が多かったから、今になって思えばやられた感じではある。
目が見えていたのは幻や自作自演だと思われそうな自虐感と、結局は何も変わらず一人では何も出来ない、はやみが家を村を出てゆく事も止められない琢磨の無力感が彼の精神まで狂わせるのか。母の仇の小日向の娘として、はやみを馬乗りで殴打する彼の哀れさ、その怨念を受け止めようとするはやみの痛ましさのコントラストが鮮やかだが、その関係と対立する悪の枢軸として神楽祖父を際立たせている。
些細な事件を弘瀬家にチクッたりして、穂積家に居候するはやみの逃げ場を潰し追い詰める神経戦にも長ける村長=神楽祖父だが、村を一人出ようとするはやみに猟銃を向ける。このくらい演出しないと弱いかな?少し強引なシーン。
はやみを追い詰めた場所は、焼き討ちされた昔の小日向家の跡。何故か追いついた琢磨が割って入り銃を逸らしたが、彼は「ボク、守るんだ、母さんを」
彼が守りたかったのは、はやみじゃない。
最終回、琢磨の閉じた心が開くときに鮮やかな解決を見せてくれるだろう。








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