「ひだまりスケッチ×365」の第13話は、第1期の最終第12話「12月25日 サヨナラ…うめ先生 」に時系列でつながり、いつものひだまり荘の雰囲気で最終話の幕を閉じた。
曲単体では平凡だが、第1期を超える演出を見せた大沼心のオープニング。下品になる一歩手前でひだまりの世界を昇華させた、尾石達也演出の第1話。そして第12話では4コママンガ原作の平凡な日常をドラマに膨らませた帆村壮二(新房昭之)のコンテ。
いずれも独創的な才能に彩られてきたが、実はいちばんひだまりスケッチらしいのは、この最終話で見せてくれた飯村正之のような絵コンテ・演出なのではないかと思う。
ホームドラマで見せる固定視点が基本のカメラが写すひだまり荘の一室と4人の住人。話の進行と強弱によって切替わるカメラの視点とフォーカス。1対1、1対多で切り取るフレームなど、キャラの動きの少ない室内ではカメラワークは活発。
外に出てみれば、ひだまり荘4人と他人の関係で話が転がりだす。そうなるとカメラは感情持たずに被写体を追いかける。
キャラクターを見つめ、4コママンガのエッセンスを生かした小さな話の積み重ねと広がりでドラマを作り上げて行く手法は決して派手ではないが、ひだまりフォーマットと言っても良いだろう。
いつもの雰囲気で迎えたとは言っても、細かなところで最終話の空気を感じさせてくれる。ゆのの目覚めで朝を迎えるシーンに置き換えて、正月休みの実家からひだまり荘に戻ってきたゆののシーンから始まる。繰り返しの日常ではなく、節目を意識させるアバン。
既にひだまり荘に戻っていた宮子・ヒロ・沙英に迎えられるゆのにとって、実家以外にもう一つ帰る家が出来たことを実感させられるオープニング明け。
ひだまり荘での擬似家族の生活が与えてくれる大切なもの、少しばかり大人になりかけのゆのにとって既にかけがえのない物になっている事が見て取れる。
意識して表に押し出しては来ないが、ゆのの成長をささやかに描き出して好感が持てる。
冬休み最後の日を描いた最終話は、学校関係者の登場が望めないものの、初詣に便乗してヨッシーこと吉野屋先生、夏目は話に絡んできた。吉野屋先生は新年だからといって変わらないが、夏目は自分のツンデレ加減を自覚してか、初詣の願いは「今年こそ素直になれますように」
ヒロを巻き込んで痴情のもつれになって欲しくはないが、少しの明るさも見えた夏目の新年。
前話の七夕の夜に星に願いを掛けたことと、今回の初詣の願いが対に見えるシリーズ構成だが、キャラクターそれぞれの願いが変わっていないことに安心してしまう不思議。
アイキャッチやオープニングでは各キャラ勢ぞろいで最終話らしいが、無理に本編に絡めない奥ゆかしさが好ましい。
エンディングはゆのだけでなく、それぞれの入浴シーンで締め。
銭湯の富士山をバックに(まだ第1期のリベンジに燃えているのだろうか)第1期のオープニング曲「スケッチスイッチ」を登場キャラクターが歌うが、これは生アフレコなのだろうか。
最終回だとしても、何事もなくまた始める事ができるから、無理に盛り上げるラストは無用の世界。
また次にアニメで出会えることを願いたい。
最後にTBS、地上波のサイドカットについて。
演出意図を損ねかねないトリミングを半ば強要し、制作スタジオの負担を増す愚策はもうそろそろ終わりにしたらどうだろう。
DVDセールスや違法アップロードの心配を製作者がするのであれば、MBS製作アニメのようにうるさいほどスーパーインポーズを入れれば良いではないだろうか。
政府や放送局のアジテーションに乗せられて、地デジに移行してみたらアナログと同じ4:3のアスペクトレシオ、しかも有効画面が小さく左右に見切れが出るなんてブラックジョークだ。








COMMENT
無題
1話は良い意味でヤバかったですね。素人が観ても ん?と成りそうな程の動きでした。原画の枚数の事を考えると思わずニヤけて仕舞います。
Re:無題
コメントありがとうございました。また次の機会で。