意地の悪い見方をすると、この作品は狭い人間関係の中で引き起こされる嘘つきたちの恋愛群像劇。震災の傷痕と二つの「音羽」の街の復興が物語の始まりだろうが、それにどれだけ意味があるのかは今の段階では判断できない。
心と体に傷を負った主人公たちが救済と復活を願い若しくは願わずに、もがきながら傷を舐めあう見苦しさも、華麗な演出に彩られたお伽噺にすり替えられてしまう。
珍しく毒を吐いたのも、これらを全部ひっくるめて青春の格好悪さや痛みをドラマの中で昇華している点を評価しているから。
基本的に前期でのカップリング、蓮治と千尋、紘とみやこの関係は今期では落ち着かせている。
京介と景の関係が先輩後輩、カメラマンと被写体以上に深まっている程でもないような気がして、京介の元カノという映研部長の再登場といい、不安定さが感じられる。
凪の誘いでオーストラリア行き。長年のトラウマ、千尋の事故についてのお互いのわだかまりを解消してあげたのは景にとっても千尋にとっても安定要因。
しかし凪のオーストラリア行きは、ミズキにとっては久瀬への失恋のダメ押し、最後通牒の効果はあるのか。学生時代の凪の様子から察すると、久瀬が整理した人間関係の中の婚約者とは彼女なのだろう。ミズキと久瀬の物語はもう少しのあいだ複雑に進行するに違いない。マイナススパイラルが沈静化するか、プラスに反転するきっかけが何か、興味深い。
優子の話は過去の学生時代が中心。現代パートで出ても、一方的にアドバイスを与える幽霊のような存在。火村の目で見た優子の学生生活は、クラスメイトたちからのイジメと防御本能を働かせて心が崩れないようにしているのか、それらの事実を受け流す日々。
火村は優子のために何かをしているように見えるけれども、養護施設の頃から優子に対して背負ったひけめのようなものを、何かをする事で自分の納得と救済につなげようとしているだけ。
カバンの中を探られた優子がクラスメイトに先に手を出したのは、雨宮が「お守り」としてくれた、たぶんナイフを隠そうとしたからなのだろう。この病んで見える義兄妹の関係は、火村では救えないのではないだろうか。幼児の頃、そして多分学生時代も火村への救済が訪れる事はないのだろう。無力さを背負ったまま、ニヒリストのように現代を生きているのだろうか。
「誰々のために」より「自分のために」を動機として動く主人公・ヒロインたちは正直で、かえって気持ちが良い。キャラクターの二面性を表現するためだろうが、基本は皆嘘をついている。もう少し柔らかく言えば悩みを隠している。その嘘を嘘と肯定して前に進めるのか、立ち止まってしまうのか、この辺はキャラクターのポジションによるだろう。そのポジションの重心が傾く瞬間のエピソードを切り取りドラマに仕立てる大沼心監督の手腕は評価したい。
今話はスタジオパストラルのグロス。毎度だがシャフト以上に安定しているかも。




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