「夏のあらし!」第6話。カヤが通じる相手は女性だけ。なぜか女という生き物を嫌い、男装で性を偽る潤と通じてしまうことで、潤が女性であることがカヤに知れるが、潤が男装でいる真相はまだ語らない。
カヤと潤がタイムトリップする先は昭和20年4月、横浜大空襲前の当時の「方舟」の夜間の店内。当時の男性マスターは傷痍軍人か元々なのか、足が悪く松葉杖をついている。戦時情勢の悪化でドイツに帰国できなかったカヤは、この店長に密かに想いを寄せていたのだろう。
灯火管制違反を見咎め入って来た憲兵が外国人のカヤを取り調べようとする様子は、いくら同盟国ドイツ人といってもスパイまがいに特別視されていた時代の空気が感じられる。ドイツは西部戦線もライン川西岸を失い、風前の灯の状況だった。
タイムパラドックスで歴史を変えることを極度に嫌うカヤが思いを伝えられないもどかしさ、彼が1ヶ月後の空襲で命を落す運命を知りながら、何もしないことで60年間も彼を見殺しにしてきたつらさが滲み出ている。
タイムパラドクスは別としても、この当時の女性から積極的にアプローチすることなど思いもよらない男女関係の密やかさを、現代っ子でしかもジェンダーもしくは性差に特別なポジションを取る潤に観察者の目を持たせて解説したことも効果的だった。






マスターと別れた後、空襲警報発令。
自宅の両親を心配し焼夷弾の降るなか、自宅に入ろうとするマスターに逃げるよう促すカヤだが、やはり両親は無事であるとの未来の事実はマスターに告げられないもどかしさ。
押し問答の二人と対極的に、焼夷弾の雨の中で怯え死の予感にわめく潤は、あの時代を知らない世代が戦争の現実に直面した描写として優れている。エフェクト中心だが最小限の効果で演出意図は伝わる。
もどかしいカヤとマスターの状況に、止めを刺すのも潤のもどかしさの爆発だ。心の奥に押し込んでいた女の性とでもいうものが一時、解き放たれた。
カヤの時代を超えたラブロマンスだけで終わる事なく、潤を通しての視点で深みが増したエピソードだ。消火器持って駆けつけた一とあらしは、なくても良かったかもしれない。
モブ:沢城みゆきがキャスティングにあったが、モブキャラ全員をあてたのだろうか。
エンディングは新しく、曲も 「ひと夏の経験」 にチェンジ。
脚本は赤尾でこ(三重野瞳の別名)


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